長門湯本REPORT:湯道文化賞特別講演「湯は、心に恩を刻む」が開催されました
2024年1月15日(月)、福岡天神大名カンファレンスにて、「長門湯本温泉恩湯(おんとう)」主催の特別シンポジウム「湯は、心に恩を刻む」が開催されました。
―タイトルの「湯は、心に恩を刻む」は、登壇者でもある小山薫堂さんの雑誌連載「湯道百選」の中で、恩湯を表す言葉として表現したものですー
「長門湯本温泉恩湯」は,2023年11月、一般社団法人湯道文化振興会(代表理事:小山薫堂、本社:東京都港区)が主催する2023年度「湯道文化賞」において最高賞にあたる「湯道文化賞」を受賞しました。これを記念し、今回のシンポジウムは、日本人が日常的に行う入浴行為を「文化」へと昇華させることを目指す「湯道」の理念や、受賞にあたり注目していただいた長門湯本温泉と恩湯の再生に向けた取り組みについて、多くの方にその魅力をお届けしたいという願いのもと開催されました。
講演に登壇してくださったのは、歯科医師でありながら、代表作「鴨川食堂」で知られ作家としてもご活躍されている柏井壽さん。放送作家であり脚本家であり、「くまモン」の生みの親でもある、そしてなにより湯道初代家元である小山薫堂さん。雑誌DiscoverJapan統括編集長の高橋俊宏さん。長門湯本からは長門湯守株式会社共同代表大谷和弘さん。長門湯本温泉まち株式会社エリアマネージャー木村隼斗さん。
司会は長門湯守株式会社共同代表伊藤就一さん。
100人を越える来場者の皆様の、静かな熱気に包まれた会場で、長門市の江原達也市長のご挨拶のもと、シンポジウムがスタートしました。
パネルディスカッションに先立ち、「湯道文化賞」の審査員でもある柏井さんによる基調講演「旅と湯道」は、ご自身がイントロダクションとしてきいてください、とおっしゃったように、多くの方にとって馴染みのある旅と、湯、のお話。
仕事柄1年のうち260~270泊が旅だったと話す柏井さん。コロナを経て、旅をしてはいけない、という初めてのことに直面し、人はなぜ旅をするのかを考えたとき、「旅とは優れた記憶装置である」という思いに至ったと言います。
「日常のことは覚えていられないけれど、旅の記憶、ましてお湯の記憶はいつまでも残る。今の世の中では美味しいものも取り寄せられるし、景色も写真を見れば蘇る。でもお湯は持って帰れない。そこにある空気や風の、鳥の、雨の音、においは、お湯につかることによって増幅されるような感覚になります。」
だからこそ旅の中で湯は特別な体験であるし、日常の中でも「お先にいただくね」「いいお湯だったね」という会話を誰しもがしたことがあるのは、実はそこにお湯は授かりものだ、という日本人特有の自然や神様への感謝の念があるからでは、と思うのだそうです。
「感謝の念を抱く」、はまさに湯道の精神のひとつ。「湯道はまだ拓かれて9年目、今なら先物買いですよ、詳しくは家元から」、と楽しく私たちをパネルディスカッションへと誘ってくださいました。
そしていよいよパネルディスカッションへ。
ファシリテートしてくださったのは「日本の魅力、再発見」をテーマにした雑誌DiscoverJapanを創刊し、編集長を務める高橋俊宏さん。高橋さんは柏井さん、小山薫堂さんとはお仕事でも親交があり、長門湯本ではDiscoverJapan「山口」の発刊をきっかけに、まちづくりにおける外部評価委員も務めてくださっています。
柏井さんのお話を受け、「記憶に残るパネルディスカッションにしましょう!と意気込む高橋さん。まずは湯道初代家元である小山さんに湯道を拓いたきっかけをお聞きしました。
きっかけは15年ほど溯り、「東京スマートドライバー」という首都高速道路の事故削減を目的とするキャンペーンの発起人になったこと。事故の原因がスピードの出し過ぎよりも合流地点で起きていることを知り、譲り合いの気持ちを持って運転すれば事故は減らせる、として活動を始めました。小山さんはまずは自分自身から譲り合う気持ちを、と高速道路に乗るようになり、すると高速道路では穏やかな気持ちになるようになったそう。自分にとって高速道路が“優しさが発生する装置”になったこと、社会は変わっていないのに、自分の視点を変えるだけで価値が変わったことに驚いた小山さんは、これを何かに生かせないか、と思いました。その体験の後、京都の料亭・下鴨茶寮を受け継ぎ、茶道の世界に触れたとき、お茶を飲むという普通の行為も、道として突き詰めると文化や人が集まり、自分との対峙、学びがあるものになると感じ、何か他に道になるべきものはないか?と思ったところ、すぐにお風呂だ!と思いついたのだそうです。
「日本人が当たり前の習慣としている入浴という行為、冷静に考えると世界196ヶ国のうち、水道水を安全に飲める国は9カ国しかないことを鑑みれば、飲める水を沸かして湯にし、それに人が浸かるとは、なんて贅沢で感謝すべき行為なのだろうか。入浴は世界でも類稀なる生活文化であり、突き詰めていけばひとつの「道」になるのでは。」と。
そして2015年6月、ご縁のあった京都大徳寺真珠庵第27世住職の山田宗正氏に相談、「湯道温心-湯の道で心を温める-」という言葉を賜り、湯道を拓きました。
道である以上、作法も作ってはみたものの、湯道にとって大切にしたいのはその精神だとおっしゃる小山さん。「感謝の念を抱く」、「慮る心を培う」「自己を磨く」この三つの精神を核とし、そして「湯道具」を作ることで、日本の伝統工芸を応援していくという目的を持ち、斯くして湯道は始まりました。その後雑誌penの連載では「湯道百選」と題し日本各地のお風呂を巡り、映画「湯道」の企画が立ち上がり、2020年には一般社団法人湯道振興会を設立。文化としてお風呂に入る、という実験を続ける中で、一昨年から「湯道文化賞」としてお風呂にまつわる貢献をした方を表彰することになり、去年二回目となった「湯道文化賞」の最高賞に長門湯本温泉の「恩湯」が選ばれました。
小山さんは、「恩湯」発祥のきっかけとして語られる恩返しの物語は、湯道の精神にも似て、またそれが表現されている神聖な、思わず手を合わせたくなるようなしつらえが素晴らしい、と受賞理由を述べ、まだ長門湯本温泉も恩湯も見たことがない方々のために、とパネルディスカッションは木村さん、大谷さんへのバトンタッチとなりました。
600年の歴史を持つ長門湯本温泉「恩湯」はまさに出発点、と語り始めたのは長門湯本温泉まち株式会社エリアマネージャーとして、温泉街の再生に取り組む木村さん。
2014年宿泊者数がピークから半減し、危機的状況だった温泉街に、少しずつ川床や竹林の階段が整備され、ゆっくり過ごしてもらえるような街並みへと変化、立ち寄りたくなるようなお店もできてきている現在の長門湯本温泉街の魅力をご紹介しました。
「みなで共有できる財産としての温泉街を、もう一度元気にしようと出発したプロジェクト。未来を描くマスタープランは、大規模リニューアルではなく、川があってお風呂があって、そこに暮らしが広がっているというまちの構造に素直に、地域の原点に帰ったものでした。」
まちづくりのシンボルはもちろん「恩湯」。この公衆浴場の再建こそが最初に直面した課題だったのです。
60年もの間、行政が運営していた恩湯を民設民営で再生するという公募に衝撃を受けたと話すのは大谷さん。悩みに悩んだ末に、温泉はみんなで守るものだ、という思いに至り、老舗旅館「大谷山荘」の若旦那でもある大谷さんは、同じく「玉仙閣」の若旦那である伊藤さんと意を決し、湯守の家系であった青村氏、デザイナーである白石氏という仲間を得て、「長門湯守株式会社」を設立、温泉経営に乗り出します。
大谷さんは恩湯の魅力を語りだしたら止まりません。
なんといっても恩湯の特徴は岩盤から湧き出るお湯を見ることができ、湧きたてのお湯を堪能することができること。大谷さんはなにより「恩湯」が大寧寺の定庵禅師が住吉大明神からのおつげによって発見した“神授の湯”として語り継がれるその物語のごとく、この度の受賞に際し、大寧寺の住職、住吉神社の宮司様が一堂に会したことは、なんとも感慨深い機会となったと改めて受賞の喜びをお話されました。
お二人のお話を受けて、まちの再生を間近で見守ってきた高橋さんは、まちづくりに関わっていたまちの外にいた方たちが、移住して当事者になっていく様子を次々と紹介してくださいます。
今朝恩湯に入ったという柏井さんは、ほんの数分の入浴でも体に力が満ちてくるような体験だったと振り返り、長門湯本温泉街の現在の様子を、「自然発生的に発展していっていて、無理がなくとてもよい。発展するとどこも似たようなまちになってしまうことが多々あるけれど、個性を創り出していけるのはやはり人しかいない。」と温泉街の更なる発展を楽しみにしてくださっていました。
またこの度2年ぶりに長門湯本温泉を訪ねた小山さんも、ますます魅力的になった温泉街が終の棲家の候補に入っていると会場を沸かせました。
そして恩湯の別棟での「湯道展」開催に伴い、温泉街近隣の小学3、4年生を対象にして行った「子ども湯道教室」では、子どもたちの「お風呂は神様や山や川からもらったもの!」という回答にとても驚いたそう。入浴という行為を通じて、感謝の気持ち、思いやりの心、公共性、そんなことが学べたらいい、と子どもたちと育む湯道の道すじをまた感じとられ、それを受けて柏井さんも食育ならぬ浴育があってもいい、湯道も恩湯も漠然としたなにかへの憧れであって、自然からうまれたものへの感謝なんだ、とお話をされていました。
湯道展に伴い恩湯で開催された「子ども湯道教室」の様子
最後に今後の湯道について高橋さんが伺うと、小山さんは湯道が暮らしを豊かにする気付きのきっかけになるといい、と抱負を語られました。
「それはただ気持ちのいいお風呂に浸かるだけではなく、日本文化にもう一歩踏み込んでみることだったり。自分の視点を変えることで物事の価値が変わる体験のひとつとして感じてほしい。」
「地球上の火山10%が日本に集中してる地形だからこそ温泉の恩恵に与ることができ、一方で地震とも戦ってきた国。一生懸命作ったものも一瞬で失ってしまうことを知っていて、儚さを美とする日本文化の原点がそこにはある。日本で生きていくということは感謝と覚悟、つまり備えが大切なんだと思う。いつかまだ先の話になってしまうけれど、お湯の炊き出しができるような団体になれたらいいなと思います。」
始まったばかりの湯道はまだまだ種まきの最中だとおっしゃる小山さん。長門湯本にまかれたたくさんの種を、みなさんと一緒に育てていければと思います。